sky blue
「よ、不破。おはようさん」
廊下を歩く見知った姿を見付けて、いつもの笑顔で声を掛ける。
「……」
だが振り返った不破は成樹を視界に捕らえると、眉をひそめ無言のまま前を向いて再び歩きだした。
少しだけその後ろ姿を見送って、教室の反対方向へと向かう。
階段を登り、いつもの屋上へ。
何時の間にか成樹の顔は表情を失っていた。
屋上へ着き、給水塔へ登る。
寝転がって見上げた空は、相変わらず青くて、広くて。
いつもは安らぐそれが、今日は少しだけ淋しくて目を閉じた。
「…もう三日目やで?不破…」
『俺はお前の気持ちが分からん』
そう云われたのは三日前のこと。
直接的な原因が何だったかは覚えてないのに、その言葉だけは耳から離れずに残っている。
きっかけは大したことじゃなかったはずだ。
それがちょっとした口論になって…。
「お互い意地っ張りなとこあるしなぁ」
クスッと笑みが零れ、言葉と共に空へと吸い込まれて、消えた。
口論の後、その場の雰囲気が何となく嫌で、明るく振る舞うと不破からの一言。
その言葉以降、不破は返事すらしてくれなくて。
「不破、怒ると無口になるんやなぁ…」
自分自身の気持ちに正直で、思ったことだけを言葉にするから口数は多いとは云えない。
でも決して無口ではない。
いつも無表情に見える顔も、喜怒哀楽がちゃんと分かる。
…でも、あの日から。
会話もなく、表情さえ見せてはくれない。
ただ、目が何かを伝えてくる。
その咎められているような視線が、つらい。
耳に残る、淡々としたあの口調が、瞼の裏に映る、優しく穏やかな表情が、恋しい。
─ギィィ…
不意に扉が開く音に目を開けて、そっと下を覗く。
何となく、入ってきた人物の予想はついていた。
「不破…」
「……」
成樹の姿を見上げている不破は、相変わらずの無口で、無表情で。
それを少し淋しく感じるが、とりあえず笑いかける。
「どないしたん?そろそろ授業始まるんちゃう?」
サボリぐせ、移ったんやろか。
と冗談半分で言葉を繋ぐ。
声が、聞きたい。
「…何故、無理をして笑う?」
待ち望んだ声よりも、その言葉に、言葉が、詰まる。
「…何で無理しとるて思うん?」
「目が笑っていない」
「……」
ズルイわ、不破…。
そんなことを云われたら、もう笑えない。
平気なフリなんか出来なくなる。
「そこへ行ってもいいか?」
黙ったまま少し考え、首を横に振る。
「来んでええ。…俺が行くわ」
云うが早いか、給水塔から飛び降りる。
このほうが、絶対早く傍へ行ける。
じっと待つなんて、自分の性分じゃない。
ずっと受け身のままなんて、嫌だ。
「まだ、怒っとる?」
「?」
「せやからっ…。俺んこと、まだ怒っとるん?」
「何故俺がお前に怒るのだ?」
「…へ?せやったら何で…」
何で返事すらしてくれなかった?
何であんな表情をしていた?
「…お前が、俺の前で憂い顔を隠してでも笑おうとするからだ。作り笑いは下手だな」
「なっ…!」
「だが、そうさせたのは俺のせいだな」
『俺はお前の気持ちが分からん』
心が、ズキンと痛む。
「あれ以来、お前は俺の前で無理して笑う。だから俺が立ち去れば普通に笑えると思ったのだが…」
不破の声は不思議だ。
そのたった一言で心が重くなり、軽くなる。
「佐藤?」
不破の制服のブラウスを掴んで肩口に鼻先を埋めると、様子を伺いながも抱き締めてくれたのが、嬉しくて。
腕の中の感触と、不破の匂いが、愛しくて。
「不破が怒ってへんで良かった」
自然とそんな言葉が零れた。
ふと、背中にまわされていた不破の手が頬に触れたのを感じ、顔を上げる。
(あ…)
目の前には、ずっと見たかった穏やかで優しい表情。
それが嬉しくて、つられて微笑う。
「やっと普通に笑ったな、馬鹿」
「バカぁ!?いきなり何やねん、アホ!」
フンッとそっぽ向くと不破が吹き出した。
そして、頬に柔らかい感触。
驚いて振り返ると今度は唇に同じものを感じた。
「ん…」
少し長めの、優しいキス。
目を閉じてそれに応える。
しばらくして、唇が離れるのを感じ、目を開ける。
そこには、どこか満足そうに笑う不破の顔。
きっと今、自分も同じ表情をしているに違いない。
見上げる空は、相変わらず青くて、広くて。
金色に輝く太陽の光により、地面に映し出された二つの影が、再び、一つに重なった。
*****2002/08/26
何かいつもより長かったような気がしたり、しなかったり。苦笑。
フジクラヒサエ様、こんなもので許してください。
ごめんなさい、思いっきり甘くしてみたつもりです、精進しますっ!
どうもありがとうございました。
タイトルは「空色」です。
こっそり番外編不破視点■